2006年10月27日 (金)

メンタルトレーニング

前回(10月16日)に下記のテーマで問いかけをいたしました。

http://miyazaki-kougyou.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_02f3.html#comments

”メンタルトレーニング”そして”ダイエット”この2つの言葉は誰しもが聞いたことがあると思います。今回は特に「メンタルトレーニング」について考えてみたいと思います。
その前に下記のA氏、B氏のコメントを見てください。

A氏:私、最近太ってきたからダイエットしよう!
B氏:私、いつも試合になると緊張するから、メンタルトレーニングをしよう!

それでは伺います。A氏、B氏とも案件が解決したと思いますか?

解説が長文ですので、、私宛mori7081ty@yahoo.co.jpにメールをいただければ、一太郎かワードで作成したものを送付いたします。

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2006年10月16日 (月)

メンタルトレーニング

”メンタルトレーニング”そして”ダイエット”この2つの言葉は誰しもが聞いたことがあると思います。今回は特に「メンタルトレーニング」について考えてみたいと思います。
その前に下記のA氏、B氏のコメントを見てください。

A氏:私、最近太ってきたからダイエットしよう!
B氏:私、いつも試合になると緊張するから、メンタルトレーニングをしよう!

それでは伺います。A氏、B氏とも解決したと思いますか?

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2006年6月 7日 (水)

「熱戦の後」

ゲームが終了後、ある選手が挨拶に来ました。
涙を流しながら「有り難うございました」と言って、そしてアドバイスを待っています。

そこで質問します。
あなたはどんな言葉かけをしますか?

※コメントには「正解」「不正解」はありません。

多くのコメントが書き込まれた方が皆さんの気づきを生み勉強になります。

一緒に考えて見てください。

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2006年2月27日 (月)

3選手から学ぶライフスキル

今回のトリノオリンピックでは多くの日本人が活躍し、私たちに「元気」「勇気」を与えてくれました。特にカーリングの女子チームそしてフィギアスケートの3選手からは多く感動を与えていただきました。

その中でフィギアスケートの3選手からは「自分らしさ(ライフスキル)」を強く感じることができました。

安藤美姫選手の「挑戦」

村主章枝選手の「一生懸命」そして「感謝する心」

荒川静香選手の「集中力」そして「無欲」プラス「運」

です。

特に荒川選手のコメントは私たちスポーツに携わる人間にとって、大事な事を伝えてくれたと思います。

「点数をとるためのプログラムにするか、見る人に伝えるもののあるプログラムにするか迷いました。どうしても滑る側としては何か伝えたい物がある。点数をとることは競技者としては大事なことであるが、フィギアスケーターとしてはやぱり見せるプログラムを滑りたいし、自分にとって得意とするものを滑りたい、そして盛り上げたい。その中で迷いがありました。」

しかし、荒川選手は点数にならない「イナバウワー」をプログラムに入れ、結果「金メダル」を手にしたのです。

自分らしく生きることのすばらしさを教えてくれた荒川静香選手に感謝。

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2006年2月25日 (土)

「期待」より「応援」

 私たち大人が子供に対して期待するのは当然のことです。
 しかしここで考えてほしいことがあります。
 「期待」とは自分の正しいと思う方向に導いたり、また望む結果を得てほしいという願いが含まれています。
 ある意味枠組みにはめ込もうとしているのです。
 子供達の結果がそのイメージする枠組みの中に入らなかった時、大人は口々に「残念」と言いながら子供達に対して「また、がんばれよ」と語りかけます。
 子供達はがんばっていなかったのでしょうか。
 大人が勝手に期待し、はずれたら落胆し、終いには「がんばれ」といいながらプレッシャーをかけ、子供達はだれのためにスポーツをやっているのですしょう。
  子供達は自分の喜びのためにスポーツをしているのです。周りの人を喜ばせるためにスポーツを始めた子供はいないのです。
 ここで提案します。
 「期待」より「応援」をしましょう。
 「期待」は人によってその枠組みの大きさや方向性が違うし、子供達はその枠組みからはずれないように行動しはじめます。ある意味主体が「大人」にあります。
 よって窮屈に感じます。これが「プレッシャー」です。
 「応援」は違います。すべてを受け止めるのです。主体は「子供」です。
 「その人が喜ぶことを自分の喜びとする」という考え方です。
 子供達の行動をすべて包み込んでほしいのです。
 大人はよく言います「伸び伸びやってほしい」と。
 しかし、現実はミスをつつかれないように子供達は行動をしています。怒られないようにスポーツをしているのです。伸びるはずがありません。
 大人が「応援する力」を身につけたら、すべての子供達が自分の目指す方向に伸びていくでしょう。私たち大人のすることはその目指す方向・目的だけを確認そして共有し、後は見守るだけです。勇気がいるし辛抱することも必要です。
 子供を成長さえたければ大人も成長しましょう。すべて子供のためです。

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2006年2月21日 (火)

期待!

ある親子の会話です。

親「今日の試合、勝てるのか?」

子「多分ね。今日の相手弱いから」

親「そうか。お前が試合に勝つと、お父さんもおいしいお酒が飲めるから、お父さんのた    めにも頑張ってくれよ。期待してるぞ」

子「うん」

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2006年2月10日 (金)

何かがおかしい!「朝清掃」

 生徒指導面で問題ある生徒に対して「清掃」「奉仕活動」等を強要する学校現場は少なからず存在します。
では、「なぜ、そのような作業をさせるのでしょうか?」
今回のように両者とも同じ価値観で物事を捉えているのかと疑問に思うことがあります。
私も小学校時代、宿題を忘れてその罰としてグランドを10周走らされた事があります。
その時私の友人は二日連続宿題を忘れ、計20周走らされました。それ以来、長い距離を走る場面(マラソン大会等)は必ず「腹痛」を起こしていました。宿題を忘れたのは悪いのですが、何故か腑に落ちなかったことを覚えています。
 走ること自体は健康維持や体力向上等につながりいいことだと思います。しかし、動機が違うとかなりマイナスイメージを植え付けてしまいます。
 清掃・奉仕活動も同様です。それ自体はいいことだと思います。実際に清掃の良さは、「気づきが生まれる」「清掃の仕方を覚える」「きれいにできる」「きれいにする喜びを知る」「作業を企画にできる」「感謝の心が芽生える」「協力を知る」「思いやりの心が育つ」等があります。実際にまだあります。
 しかし、外圧的に作業を強要しても効果が少ないし、逆にマイナスになる可能性が多い様です。お互いに「ねらい」を十分に確認し進めることが大切かと思います。
 そして、今回のケースで一番の問題は潜在意識の中にとけ込んでしまっていることです。知らず知らずの内に清掃活動に対してマイナスなイメージを抱いてしまっているのです。「清掃活動=嫌なこと」という発想です。
  私たちは大人は生徒・子供にマイナスなイメージでなく、よりプラスのイメージを潜在意識に植え付けていけるかが重要となってきます。時間を要しますが、地道にあらゆる場面で清掃の良さを説いていくことが必要となるでしょう。             

※「清掃」や「奉仕活動」等から得られることもしくは良さを思いつかれた方はコメントしていただけると有り難いです。このブログを見ている人(生徒・大人)のプラスになります。

    「In Put」したことを「Out Put」しましょう。

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2006年2月 6日 (月)

何かがおかしい!

ある朝のA先生とB君の会話です。

A先生「おっB君、朝から掃除とはえらいねー」

    「なんかしたのか?」

B君 「実は○○をしてしまい、罰で掃除してます」

A先生「だったら、もっとまじめにしろよ」

B君 「はい」

 いかかですか?何が問題か一緒に考えてみませんか。

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2006年1月27日 (金)

「文武両道」と「文武両立」の違いについて

 「文武両道」と「文武両立」についての私なりの解釈です。
「文武両道」には2つの考え方があります。しかし、相違ではありません。2つの考え方を持って「文武両道」捉えていただければいいかと思います。
 まず一つ目は「文=学習」から得るものも「武=武道」から得るものは同じであるという考え方です。
 それぞれに身につける知識及びスキルは違いますが、「文」にしても「武」にしても高めるための重要な部分は共通だと考えます。
 例えば「礼儀」であったり、「素直」であったり「感謝」であったり、これは「茶道」の世界、「料理」の世界でも同様だと考えます。
  二つ目ですが、お互いに学んだ力を行き来させるという考え方です。
  スポーツのスキルを高める上で①「聴く力」②「理解する力」③「実践する力」④「評価する力」が必要な力として上げられますが、これは日常の授業の中で高めるのがベストだと考えます。人の話を聞けない選手・理解できない選手が日々の練習で部顧問の話を聞いているわけがありません。よく練習中に見られるシーンとして「今、言ったじゃないか!!聞いてなかったのか~」です。また逆にスポーツをすることにより身に付いた「忍耐力」「意欲」「元気」等を学力を向上させるために生かすことも自然の流れだと考えます。
 「文」と「武」は決して別々ではありません。「文武両道」というと学習と部活動を異質な
ものと捉え、苦労をしながら両立させることと考えられていますが、上記したような考え
た方がベターだと考えます。               
  次に「文武両立」ですが、「文」と「武」を両立させようとすることにより得る力があると
いう考え方です。                        
 両立させようとすると、必ず自分の欲求を抑圧する場面が生じてきます。            
  見たいテレビがあるのに練習に行かなければならない。友達と遊びたいけど勉強をし
なければならない。考え方としては「~ねばならない」という発想は問題がありますが、
  達成しようとする時に生じるストレス・障壁をどう克服するかが「力」となって身に付いていくという考え方です。

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2006年1月23日 (月)

文武両道と文武両立

久しぶりのeラーニングになります。

本日のお題は「文武両道と文武両立」の違いです。

今までに聞いたり、見たり、したことのある言葉だと思います。

私も学校現場にいますとよく耳にします。しかし、実際「今の使い方でいいのか?」「今も意味合いでいいのか?」と疑問に思うことがあります。

そこで、この場で皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

「正解」「不正解」はありません。

「私はこう考えています。」「私こう捉えています。」でいいです。

では、よろしくお願いします。

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